-
Bangkok IX
-
Year: 2011
Medium: inkjet print, in artist's frame
Dimensions: 307 x 221 cm (120 7/8 x 87 in.)
Edition: No. 1 of 6
Acquired from Sotheby's, 2023
グルスキーは2011年の春にバンコクを訪れチャオプラヤー川を撮った。大都市の喧騒の中を悠々と流れるこの川は歴史的にも地政学的にもタイの血脈であり続けている。重要な河川交通路でもあるこの川には船の油や廃棄物が浮き、かつて撮ったライン川の美観とは全く異なる景観それ故にグルスキーを惹きつけた。作品背景を知らずに見たならば、それが「ある川を撮った写真」という具象性を認識する以前に、白と黒による強い垂直性に意識が向くに違いない。バーネット・ニューマンの「十字架の道行」や「Zip」が明らかに連想される。近接すれば漂流物や川面のディテールが克明に見えて作品は具象性を取り戻す。ただしそこにバンコクの街や人はなく、どこの川にもありそうなゴミと水面に映る鈍色の空ばかりだ。視界に入りきらないほどの大画面に真っ直ぐ平行に伸びる黒い影は遠近感を喪失させる。人の目ではこのように現実を見ることはないだろう。超越者的な広い視野で捉えた川面のほんの一部を拡大したように見える。グルスキーは写真を操作し、本来そこにあるはずの事物を消去したり改変を加えて意図的な写真を「作る」。本作もまた作られたイメージなのだ。本作において「抽象」を企図しているグルスキーならば、その思考の一端に「バンコクのチャオプラヤー川」という強い特定性の中からより普遍的な「川」とそこに付随する「問題」を抽象する、という観点もあったはずである。河川の汚染はバンコクに限らない。図像として偏在的な醜さを普遍的な美しさへと昇華することによって、そこに抽象されたものを鑑賞者に問うている。グルスキーの作品においては写像が必ずしも正しい現実を示すとは限らないが、現実と虚構が重なることで真実以上に語られるものがある。