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すれ違いユートピア
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Year: 2022
Medium: oil on canvas
Dimensions: 182 x 227 cm (71 5/8 x 89 3/8 in.)
Acquired from ANOMALY, 2022
松井といえば、巨大な自画像やウーパールーパーが思い出される。人の顔を近接して観察する機会など、よほど親密な間柄の相手でなければそうはない。松井の作品は単なるポートレートである以上に必要以上に他者との境界を踏み抜いて、自己と他者を近接させる。時に変顔と呼ばれるが、それはこの「近さ」ゆえにある。近すぎるものは全体が見えない代わりに局所が拡大される。それを絵画的にキャンバスに収めんとすれば凸面鏡に映る顔のようにプロポーションを歪めざるを得ず、変顔にもなるだろう。ただ他者を笑わせるためではない。松井の近すぎる絵画は、作家にとって絵画がコミュニケーションであることとも遠からず関係性があるように思われる。本作は松井の作品には珍しく単一の人物に焦点を絞っておらず、ルネサンスからマニエリスムの宗教絵画における空間描写を彷彿とさせる。地上部には遊園地のような景色があり、そこに多数の人物が演劇的な身振りに古めかしい装いで描かれており、画面中腹は崇高な山脈が峰も鋭く広がっている。天井には賢人らしき風貌の人物が何やら議論を交わし、中央には後光を背負ったいかにも楽しげな幼児が両手を広げている。更にその後背には画面左方を大きく占めている松井の自画像と目線を向き合わせる形で大きく顔を覗かせている。松井の頬のなかに描かれた人物たちはみな穏やかな表情で温かな雰囲気を纏っている。軽く開いた松井の口からは彼らが外へ出てこようとしているように見える。ボッティチェリの「プリマヴェーラ」ではクロリス(大地の女神)の口から花が芽吹き、今にもフローラ(花の女神)へと変じようとする瞬間が描かれた。本作では、子を想う松井の口から、言葉では表し尽くせない願いや思いが溢れ出していく瞬間を描いているのだろう。