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untitled
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Year: 2017
Medium: acrylic, graphite, crayon on paper
Dimensions: 106.7 x 81.3 cm (42 x 32 in.)
Acquired from SBI Art Auction, 2025
自身の体は自らの目では捉えられない。正確には自分自身に対して他者に向けるそれと同じ視点で見ることが不可能であるということは、日常生活の上では鏡やカメラによってその不便さを克服できている私たちにとってそれほど大きな問題ではない。しかし、目に見えないことによって、私たちはいつの間にか現実の身体と感覚上の自己像にズレを抱えている。こうあって欲しい、こうに違いない、という想像力によって見えない自身の部位を補完している。夢から覚めて鏡に写る自らの顔をため息混じりに眺める朝、その齟齬は若干正される。もっとも近いはずの自らの精神こそがもっともその真実の姿から遠い場所にあるのだという、底の知れぬ恐怖が廣の作品のまるで魔物のような造形に表れている。廣は、制作時に自ら身体的拘束あるいは制限を加える。例えば、自らの体にキャンバスや紙をぐるりと巻きつけてその内側に密接した自らの体を身じろぎしながら描き写す、というような一見奇抜とも思える手法を取る。本作の下方から二本伸びている肌色の帯は、紙の端から伸ばされたであろう作家の腕そのものの姿である。内側へ腕を折り返し、指先はふさふさとした体毛に触れている。ペンフィールドのホムンクルスのような極端な歪みを呈しているのは、廣が描画という運動を介して認識し得た身体部位がその認識の強度に従って表れているからだ。スキャン(走査)という表現を作家が時折しているように、これは目(レンズ)とは異なる方式によって知覚され出力された身体図なのであり、そこに絵画らしきイリュージョンはない。かつてラウシェンバーグが「フラットベッド」と呼ばれたように、不可視の身体を描く廣の作品もまた網膜の呪縛から脱した絵画なのである。